2013年11月28日




サイコロの気儘旅(日帰り).
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清州城は、愛知県清須市 の 清洲駅 から1,5km の処にあります。
( 洲 と 須 の使い分けが、何で コンナ事になったのでしようネ)


清州城
ご存知、信長はこの城から桶狭間の戦いに出陣するなど、
約10年間ココ清洲を居城としました。
天正10年(1582年)の本能寺の変で信長がたおれると、
清洲城にて 清洲会議が行われ、城は次男・織田信雄が
相続します。
織田家の後継者は、信長の嫡孫にあたる信忠の嫡男・三法師
天正14年(1586年)に信雄によって2重の堀の普請、大
天守・小天守・書院などの造営が行われましたが、小田原
征伐後の豊臣秀吉の国替え命令に信雄がさからい、除封
され、豊臣秀次の所領に組み込まれた後、文禄4年(1595年)
には福島正則の居城となります。
慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いの折りには、東軍の後方
拠点として利用され、後.家康の九男徳川義直が入城し、
清洲藩の本拠となりました。
慶長15年(1610年)、名古屋城築城の際の資材 として利用。
慶長18年(1613)名古屋城の完成と城下町の移転が完了し
たことにより廃城となってしまった城です。


現在の天守は、平成元年(1989年)に旧・清洲町
の町制100周年を記念して復元されたものです。



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