2007/12/31〜2008/01/02
澤熊講師とフェリーで行く初詣ツァー(九州)  




12月31日・大阪南港(17:00)〜名門大洋フェリー船中泊
01月01日・新門司港(05:20)=宗像大社初詣=福岡姪浜港〜能古島港=
(定期バス) =アイランドパーク=能古島港〜福岡姪浜港=志賀島=
金印公園=志賀島休暇村(昼食と入浴)=新門司港

2008年の新年は 初めての経験ですが、瀬戸内海航路の船上で迎えました。
カウントダウンは船長さんの音頭で、鏡割り・・・マス酒で乾杯です。

大晦日・12/31がバースディの女性が二人。皆さんに祝っていただいて嬉しそうです。




宗像大社
新門司港を6時下船 → バスが宗像大社に着く頃には、夜が明けてきます。
宗像大社は、福岡県宗像市にある神社で、式内社(名神大社)で旧社格は官幣大社
全国に六千余ある宗像神社の総本社です。

宗像大社は沖ノ島の沖津宮、筑前大島の中津宮、旧玄海町の辺津宮の三社の総称ですが、現在
では辺津宮のみを指す場合も多い。3社にそれぞれ以下の神を祀り、宗像三女神(宗像三神)と
総称されています。
沖津宮 . 田心姫神(玄界灘の真っ只中に浮かぶ周囲4kmの孤島で、島全体が御神体とされ、今でも女人禁制です。)
中津宮 :.湍津姫神(響灘と玄界灘の境に浮かぶ島である。宗像七浦の一つで漁業が盛んである。)
辺津宮 :.市杵島姫神(玄海町とは、福岡県宗像郡に存在した町のことで、響灘と玄界灘の分岐地点で、交通の難所であった。)




能古島へ
福岡姪浜港から船で渡ります。元旦の始発・・・こんなに早く島に向かう観光客は我々だけ・・・です。



能古島・アイランドパーク
福岡市姪浜港からフェリーで10分、博多湾に浮かぶレジャーの島です。
春と夏が楽しめそう・・・個人旅行で冬の・それもお正月に来ても、何にも無い島ですよ。


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我々以外、だぁ〜れも居ません。海の彼方に見える島が、次に向かう志賀島です。



古い登り窯跡がありました。
そしてこんな小さな島に万葉歌碑が・・・そう、ここ能古島防人の島でした。

          防人(サキモリ)の事は→

能古島は、古くは「残」「能許」「能挙」「乃古」とも記載され、早良郡でありました。
奈良時代には島北端の也良岬に防人が設置されれました。
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万葉集には

沖つ鳥 鴨とふ船の 帰り来ば 也良の防人 早く告げこそと詠まれています。→
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また遣新羅使が寄港地であった対岸糸島半島の唐泊で出航を待つ心情を綴った
風吹けば 沖つ白波 恐みと 能許の亭に 数多夜ぞ寝る」→
という歌も『万葉集』に残されています。



奈良時代に成立した『万葉集』には防人のために徴用された兵や、その家族が詠んだ
歌が100種以上収録されており、防人歌と総称され、関東地方など東国の言葉が使
われている事も多く、東歌ともに古代の生活様相を伝えています。
   
                            「防人の歌」の詳しい事はリンク


我々は一度・船で福岡の姪浜港に戻り、海の中道を経て志賀島に向かいます。




能古島と志賀島は、福岡湾の入口で相対峙し、お寺の山門にデンと構える仁王像のように
朝鮮半島や大陸からの異文化の波を見守り、我が倭国を護っていてくれたのでしょうか。

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志賀島・金印公園
志賀島は博多湾の入り口に位置し、福岡市東区にあります。白砂青松の海の中道に続いて、
こぶしのように横たわり、橋一つによって連なった島は周囲12キロメートル
面積587平方キロメートルの小さな島です。
後漢の光武帝が倭の奴国の使者にあたえたと伝えられる漢委奴国王としるされた金印が
この地「志賀島」で発見(1784年)されたことで有名です。

                     金印の詳しい事はリンク


江戸時代の天明4年(1784年)に秀治と喜平という2人の農民が、この島の田んぼで偶然に
「漢倭奴国王」の金印を発見しました。そして、この金印は地主の甚兵衛に渡され、福岡の
画商に持ち込まれ、画商は儒学者の亀井南冥に鑑定してもらい,これがたいへん貴重なも
のであることがわかったということです

この金印は中国の後漢書に、西暦57年(日本は弥生時代)に漢の皇帝「光武帝」が奴国の
使者に金印を渡したことが書いてあり、その金印だと言われています。歴史的にも貴重な品で
国宝になっています。
卑弥呼も魏の国より「親魏倭王」の金印を授かっていますが、これは西暦238年頃の話です
から、これより約200年も古いのです。

志賀島の金印は日本の歴史の始まりを示す貴重な品の一で、今は福岡市博物館に展示され
ています。この金印がなぜこの志賀島に埋没していたかはよく解っていないようです




休暇村・志賀島本館
昼食と入浴・・・温泉は「源泉かけ流し」

ロビーでは、島の消防団が 新年の挨拶代わりに・・・



志賀島の沖津宮・中津宮
沖津宮は、休暇村志賀島本館から浜辺の方におりて行き、海を見渡すと右手に見えています。
古来、この地には、(表津宮)・(沖津宮)・(中津宮)の三社 が祀られていたそうです。
その内の一社が千数百年前に志賀の地(勝山)に移ったこと から、志賀海神社
が興ったと伝えられています。


志賀島には、万葉歌碑が10個あるらしいです。・・・リンク


志賀島のお土産



隠しページが何処かにあるかも・・・